えんきょりれんあい。

 

がたん ごとん。

今日から夏休みという日に、一週間分の荷物をまとめて、オイラとアンナは電車に乗り込んでいた。

青森のばあちゃん家に行くため。

アンナは窓際の席に座り、オイラはその横。

流れる景色は、見慣れたものから、見知らぬ土地を映していく。

その様を少し冷える車内で静かに眺めていた。

 

「青森に行くなんて、久しぶりだな。」

「そうね。木乃の顔、ずいぶん見てない気がするわ。」

 

そう言って、目を細めるアンナの奥は複雑そうに窺えた。

ばあちゃんに会える楽しみと、今後の・・・・・別れを告げる悲しさ、寂しさ。

その感情を一度だって、大げさに出さない事をオイラはいつも、心苦しく思う。

気丈な振る舞いが、余計な枷になっているのではないかと・・・・・

表情が曇ってしまいそうになる手前で、目線を上げた。

オイラがこんなんじゃダメだ。

堅くなった顔の筋肉を緩ませて、アンナの方を見た。

 

「・・・・・・何か思い出すな。アンナと初めて会った時の事とか。」

 

目を閉じれば、つい最近のことのように浮かぶ、あの雪の青森。

真っ白な雪によく映えた着物姿の、今より少しだけ幼いアンナ。

あの時は、これから二人に広がる未来は無限大で、年をとってしわしわになるまで一緒にいるんだ、と思っていた。

だけど、こんなにもあっさりと別れが来てしまうなんて・・・・・・な。

再び揺らぐ心が息を詰まらせる。

それでも、次の言葉を紡げば、

 

「初めて会ったのに、死ねだの、殺すだの言われて、おっかなかったなぁ〜。まぁ、今でもおっかねぇのは、変わりね・・・・って、いててててっ!!!!」

「一言多いのよ。お馬鹿。」

 

アンナの表情が何となく和んだ。

抓られた頬は痛ぇけど、オイラはそれを見てほっとする。

 

車内が再び静けさを取り戻し、気持ちの良い振動に揺られながら、二人して窓の外を眺めた。

オイラはたまに、ガラスに映るアンナを窺いつつ・・・・・・

その間、頭に蘇ってくるのは、出逢った時のことばかりだった。

どんどん溢れてくるそれは、悲しくもあり、愛しくもあり、かけがえのないもの。

別れがこんなにツラくとも、あの日出逢わなければ・・・・・なんて、思うことはねぇ。

アンナと出逢えて、今まで一緒に過ごせたからこそ、たくさんの知らなかった倖せを見つけることが出来た。

それをこの別れがあるからといって、無碍にするのはとても悲しい事だと思うから。

だから、あの日も、これから続いていく日々も、大切に忘れないでいたい。

 

 

「葉。あたし、少し寝るわ。着いたら、起こしてね。」

と、アンナは頭をオイラの肩に預けた。

めずらしい行動に、きょとんとしながら、そっと顔を覗き見ると、目の下にはうっすら、くまが出来ていた。

最近、寝てなかったのか・・・・・?

夜の何ともいえん静けさの中、一人何を思う。

秒針の音が身体を蝕んでいき、自分の末路を否が応にも意識してしまう。

 

そんなこと、少し考えれば分かることなのに・・・・・・・!

 

今まで気づいてやれなかった自分が腹立たしい。

力の入る身体をゆっくりと解し、そっと左手をアンナの肩に回した。

今はこの怒りを少しでも優しい力に変えたくて。

ぎゅっと、アンナをオイラの方に引き寄せると、いいにおいが鼻をかすめた。

 

「おやすみ、アンナ。」

 

安心した眠りを、夢を、与える事が出来るかは分からないが、預けてくれた身体を思うと、

自分の想いがアンナに、『大丈夫だ。』と、言ってあげられる気がした。

 

 

 

 

 

 

「意外に早く着いたね。葉に、アンナ。」

「おぉ。寄り道しねぇで、まっすぐ来たからな。」

 

ばあちゃんの旅館に着いたオイラとアンナは、居間に通された。何一つ変わらないそこは、心を懐かしくさせ、落ち着く。

畳みに腰を下ろすと、冷たい麦茶が出された。

それを一口飲みながら、ちらっと隣に目をやる。アンナの表情は、いつもより曇り気味。

やっぱり、いざここへ来ると、うまくはいかねぇもんだ。

ばあちゃんは、誰よりもアンナと時間を共有し、たぶん・・・・・・・一番、心が許せる相手。

だからこそ、こんなこと・・・・・・・・・・言えるわけがない。

 

「こっちに帰ってくるなんて、めずらしいね。何か、あったのかい。」

 

アンナの眉が、ぴくりと反応する。目線をあげないでいる様は、迷いの表れ。

だが、オイラの口からこの現実を話すわけにもいかず、今はただ見守る事ばかり。

 

「・・・・・・・ただ、顔を見たくなっただけよ。ちょうど、夏休みが来たことだしね。」

「そうかい。まぁ、久しぶりなんだ。ゆっくりしていきな。そういえば、お茶菓子が戸棚にあったね。」

 

そう言うと、ばあちゃんは一度、この場を後にする。

アンナはまだ目線を下げたまま、口をきゅっとつぐんでいた。

「アンナ。」と、声をかけてみると、はっとしたようにこちらを見て、

 

「あとで話すわ。こんなに唐突だったら、さすがに木乃も驚くだろうし。折を見て、ちゃんと・・・・・」

 

いつもの表情に戻って話すアンナに、「そっか。」と、だけ返した。

何もしてやれないむずがゆさに、苦笑い。

結局、夜まで言えず、「おやすみ。」と今日に区切りを打たれてしまった。

 

 

眠ることなく、ただただ天井を見つめながら、夜を迎えていたオイラは、やっと決心して起き上がった。

枕だけ持ち、アンナの寝ている部屋に向かう。

夏にしては涼しい風の吹く廊下を歩けば、みしみしと音が鳴り、建物の古さを感じる。

 

「アンナ、起きてるか?」

 

小さな声で問いながら、襖を開けると、布団から起き上がったアンナと目が合った。

そのまま足を進め、傍らまで来れば、「何か用なの?」と、訊かれたので、ゆるく笑って見せた。

 

「ん、いや、一緒に寝んかな、と思って。」

「・・・・・・・・・・ったく、布団が狭くなるでしょ。」

「うぇへへ、すまんな。」

 

布団に一人分の余裕が出来ると、そこに枕を置いて、ゆっくりと横になった。

いい、とは言わない、アンナなりの肯定の仕方。

オイラは、布団の中でアンナと手を繋ぐ。少し汗ばんだ手はきゅっと握り返してくれた。

 

「明日、必ず言うわ。」

 

気丈だが、どこか無理した言い方に聞こえ、眉を顰めた。

繋いだ手に少しだけ力も加わってしまう。

何もしてあげられねぇから、今はこれが精一杯。

 

「急ぐことねぇよ。一週間・・・・・・それ以上、ここにいたっていいんだ。自分が言えるって思った時でいいんよ。」

 

この言葉が、どれだけアンナに届いたかは分からんけど、

 

「・・・・・・・・・・・・・・・うん。」

 

気持ちの糸が緩むことを願う。

 

 

 

 

 

 

お互い瞳を閉じ、夜が更けゆく中、ふと目が覚め、見やった隣の寝顔はおだやかで、ほんのちょっと報われた。

 

 

 

*

 

 

 

青森に来て5日目の夜。

アンナはまだ、ばあちゃんに言えないでいた。

言い出すタイミングを窺っている様を何度も見たが、今一歩踏み出せないようで、口を噤んでいた。

そんなアンナの代わりに言う、なんてことは出来ないから、オイラは何もすることが出来なくて・・・・・

でも、力になりたいと思っている。

少しでも、負担を減らしてあげたい、と。

アンナには、何度も「もっと、ここにいていい。」と、声をかけたが、最初に決めたとおり、

一週間しか留まる気がないようで、焦りばかりが募っていく。

アンナにとって、ばあちゃんはとても大切な人だ。

限られた未来だとしたら、少しでも長く傍にいることを望んでいるはず。

なのに、頑なに一週間という期間を守ろうとする。

その理由をオイラは、見つけられないでいた。

 

 

無数の星が瞬いているのが見える、雲のない夜。

眠るアンナの隣で目を瞑りはしたが、夢の世界へは行かず、ずっとこんな事ばかりを考えていた。

繋いでいた手に、つい力が入ってしまって、慌てて目線を右隣にやる。

整ったきれいな寝顔に変化はなく、安心して再び瞳を閉じた。

 

「・・・・・・・・・・・葉。」

「え?」

 

驚いて目を開ければ、天井を一直線に見つめるアンナが口を開いていた。

表情を変えないまま紡がれる言葉は、

 

 

 

「あたし・・・・・・・・・・・・・・・このまま、木乃に言えないかもしれないわ。」

 

「変ね、言おうと思ったから、ここへ来たのに・・・・・・・・」

 

 

 

今までひた隠しにしてきた、アンナの弱い部分で。

それは、胸が痛んでいく思いだが、打ち明けてくれた事に安堵して。

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・ねぇ、葉。」

 

 

 

アンナと目が合う。

 

 

 

 

「明日こそ、木乃に言うわ。だから・・・・・・・・・・・」

 

 

 

 

「傍にいてくれる?」

 

 

 

 

弱音や、そういう心の奥にある思いを、他人に吐露することは難しい。

アンナの場合だと、その性格から、余計に難しく思ってしまうだろう。

だからこそ今、すべてを上手に包んでやりたい。

そんな力が自分になくても、なんとかする。

なんとか出来る自分になる。

 

 

 

 

「おぉ、いいぞ。」

 

 

 

 

断言してしまう、この強い気持ちが生まれた場所を探せば、いつだってアンナを想う心に辿り着く。

 

 

 

 

「ありがとう。」

 

 

 

 

小さな声が耳に届いて、軽く微笑んだ。

そして、そのままそっと唇を重ね、やわらかい感触を確かめながら、抱きしめる。

小柄な身体は、すっぽりと腕の中に収まって、とくん、とくんと、聞こえる心音が耳にやさしい。

以前より少し痩せたように思えた肩は、気のせいだろう。

かすかな闇に囚われることなく、今この時を確かめる。

 

「おやすみ。」

 

アンナが呟いたその声を最後に、オイラは意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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