えんきょりれんあい。

 

夜の帷が降り、今夜は月も星もよく輝いて眩しいくらい。

冷たい廊下の上を裸足で一歩ずつ踏みしめるように歩き、オイラはアンナの部屋の前に立った。

夕暮れに決意した思いは変わらないが、いざ行動に移そうとすれば震えてしまう。

もう一度アンナと向かい合って、これからを歩んでいく事は、決して容易いことではない。

アンナに何をしてやれるかも分からねぇし、ただ最期まで一緒にいたいっていうのは、自分のエゴでしかないかもしれない。

何が本当で、何が正しくて。それが分かるのなら、こんなに躊躇する事もないのだろうけど・・・・・・・

頭の中で渦巻く、様々な考えに押し潰されそうだ。

 

・・・・・・それでも、オイラは進むかしかない。

アンナをもう二度と、悲しみだけで抱きしめたくないから。

 

ぐっと、拳を握って覚悟を決めると、襖に手をかけた。

 

「・・・・・・アンナ。」

 

絞り出した声が僅かに震えるので、もう一度指を丸める。

力の入った爪が掌に食い込み、ほんの少し痛みを感じた。

畳の部屋に足を進めると、月明かりに包まれたアンナが上半身を起こしてオイラと目を合わせる。

 

「・・・・何か用なの?」

「お、おぉ。・・・・・・・・・・・ちょっと、いいか?」

「・・・・うん。」

 

オイラはアンナの隣まで歩き、腰を下ろした。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

夜の静けさが、今は耳に痛い。

早くこの沈黙を打ち消したいのに口が開かないのは、伝える言葉があまりにも今更で、無力だと知っているから。

ははっ、オイラってこんなにも情けなかったのか・・・・・

ここまできても、怖気づいてしまう自分が弱くて、ちっぽけなんだと呆れてしまう。

そんなちっぽけで、幼い自分だが、アンナと一緒にいたい。

ただそれだけが、揺るぎない一つの真実。

 

だから、今ここで言わねぇと・・・・・・・

 

ごくっと唾を飲み込み、まっすぐにアンナを見つめる。

透き通った瞳に自身が映り、ゆっくりと口を開く。

 

「すまんかった・・・・・・・・いくら言ったって足りやしねぇけど・・・・・・・・」

「・・・・何が?」

 

きょとんとしたアンナが訊き返す。

何がって・・・・・・・・

予想だにしない返答に、次に紡ぐ言葉を見失う。

しどろもどろになりながら、もう一度頭の中を整理してみる。

 

「・・・・・いや、その・・・・・・・・何も考えねぇで、アンナのこと・・・・・・無理やり抱いたりして・・・・・・・・・」

「そんなの謝ることじゃないわ。あたしは、イヤだとは言ってないでしょ。」

 

相変わらずの口調が、本心なのかどうか、オイラには分からなかった。

アンナは優しいから、そう言ってくれてるんじゃねぇかと・・・・・・

だって、イヤだとは言わなかったが、無理やりにされて、しかも今のこういう状況でそんなの・・・・・・

誰だって拒絶すんだろ・・・・

浅はかで、愚かな行い。

 

「・・・・・あたしは、あんたのこと愛してるのだし。全然構わなかったわ。」

「いや、しかし・・・・」

「あたしが気にしてないんだからいいでしょ。戸惑ってしまうのは仕方ない事よ。」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・ごめんね、葉。こんな事になってしまって。」

「そ、そんなことっ・・・・・・!アンナが言うことじゃ・・・・・ない、だろっ・・・?!オ、オイラがっ・・・・・・!」

 

アンナにこんな言葉を言わせてしまう自分がまた情けなくて、そしてそんなオイラを未だに想ってくれていることが嬉しくて。

涙が溢れてきてしまった。

本来なら、オイラが優しく包んでやらなきゃいけねぇのに、今はアンナの温かい体温の中でしゃくりあげている。

冷え切った身体に熱が戻り、それが胸の奥の方にある何かにまで届いた気がした。

顔を上げれば、アンナの指が涙を拭ってくれる。

その表情は、おだやかに微笑んでいたけれど、どこか悲しそうに見えて、その手を捕まえて自分の方に引いた。

すっぽりと収まったアンナの柔らかい髪を撫でながら、辿り着けた感覚に瞼を伏せる。

あぁ、やっと優しく抱きしめる事が出来た。

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、今から病院だから。」

「おぉ。」

 

学校が終わって、診察の為、アンナは炎ではなく病院へと足を向ける。

病気が発覚して以来、少しずつ変わっていく生活。

それを受け止めているようで・・・・・・・

実際はまだ受け止めきれていない。

そりゃあ、悲しみの衝動だけで動いてしまう事はなくなった。

きちんと、アンナと向き合って歩いていく道を探していると思う。

だが、『これでいいのか。』と、一日の終わりに必ず問うんだ。

二度と帰らない時間の過ごし方が正しいかどうか、いつも不安で・・・・・・・・

 

アンナが、この過ぎていく毎日を出来るだけ倖せに思えてくれたら嬉しい。

その為なら、オイラは何だってするから――――・・・・・・・

 

「あ。いかん、いかん。さっさと帰って、夕飯の用意しねぇと。」

 

一人呟くと、足早に炎へと向かう。

時間は無限ではなく、有限なのだから。

 

 

「「いただきます。」」

 

食卓に明かりが灯り、アンナのことを考えたメニューがいつものように、テーブルに並んだ。

オイラに出来る事の一つだから、前以上に気遣った食事だ。

アンナがおかずに箸をつけ、口に運んだ所で訊きたくなった。

 

「・・・・・・・うまいか?」

「おいしいわよ。特にこの煮物、味付けがいいわ。」

「そっか。じゃあ、また作るな。」

 

小さく笑うアンナに、胸を撫で下ろした。

いくら考えたメニューだからといって、おいしくなくては意味がない。

あまり表情を顔に出す方ではないアンナの少しだけ窺える喜んでいる姿を見ていると、こっちまで嬉しくなった。

それは昔から変わらない事だが、今は安堵も同時に広がっている。

変わっていくのは、生活だけじゃない。

心も変わる。

悪い方にだけじゃなくて、きっと良い方向にも。

 

「葉。・・・・・・・・ご飯粒、ついてるわよ。」

 

アンナが笑いを堪えて言う。

オイラは「どこだ?」と問いながら、口の周りを指で探るが、なかなか見つけられない。

すると、そこにアンナの白い指が伸びてきて、ご飯粒を取ってくれた。

そして、そのまま自分の口へと運ぶ。

 

「まったく、子供なんだから。しっかりなさい。」

「お、おぉ・・・・」

 

母親みたいな口調で、呆れながらも笑顔が灯るその顔に、胸が熱くなっていく。

今、ここに倖せが溢れているからだ。

『こんな日々がいつまでも続けばいいのに・・・・・・・・』

ふと過ぎる無理な願いに、やるせなくなるのは否めないが・・・・

 

なぁ、本当は迷うことなんてないんじゃねぇか?

 

こんなにもアンナを愛しく想うんなら、躊躇して事を運べないでいるより、ぶつかって先に進んだ方がいいはずだ。

それにつぎ込んだ時間は二度と帰っては来ないが、やれるだけやろう。

アンナが笑って、倖せだと思える日がいくつも出来るよう、オイラは変わろう。

 

 

 

 

「・・・・・・・・・アンナ、胸が苦しいほど、愛してるぞ。」

 

 

 

 

「!・・・・・・・・・何言ってんのよ、お馬鹿。」

 

 

 

 

 

 

 

心から溢れる笑顔と共に、自然と口が開いた。

それはこの先、永遠に続く想いなんだと、言っているかのように。

 

 

 

 

 

 

時は目まぐるしく動く。

アンナの余命を知った春から、季節は梅雨へと移り変わった。

何故だか、時の流れを早く感じる。

惜しむ心がそうさせているのだろうけど。仕方のないことだけど。

やっぱり、このやるせなさは隠せない。

 

 

炎の夜。

夕食も終わり、のんびりと卓袱台の上に頬杖をつき、テレビを眺めていた。

その横で雑誌を読むアンナ。

いつもと変わらない夜に、不意に話しかけられた。

 

「夏休み、青森に行くから。」

「んん?」

 

目線をアンナに向け、突然の言葉に首を傾げた。

だが、アンナは雑誌から目を離さずに、次の言葉を紡ぐ。

 

「木乃に報告しておきたいの。顔も見ておきたいし・・・・・」

 

ばあちゃんは、アンナにとって母親みたいな存在。

本来なら、真っ先に伝えなければいけない相手に、今まで延ばしてしまったのは・・・・・

大きな戸惑いがあっただろうか。

オイラに話す時は、顔色ひとつ変えず、淡々としていたが、他の誰以上に本人がツライはず。

解っていても、口に出したら気持ちが溢れる事があるから。

それを我慢して、いつもの強がりで隠すアンナの拠り所はどこにあるんだろう。

オイラは・・・・・・それになれないのだろうか。

 

「なぁ・・・・・オイラも青森、行っていいか?」

 

ただ今は、傍にいることだけがすべて。

もし、アンナが自分を支えきれなくなったら、寄りかかっても大丈夫なように。

 

雑誌から、一旦目を離してアンナが、こちらを見た。

 

「いいわよ。夏休みの初めの頃に行きたいんだけど?」

「おぉ。」

 

再びアンナの目線が戻れば、会話は終了し、テレビの音だけが少し騒がしく流れる。

傍にいることが今のオイラに出来る事だが、アンナにとっては別かもしれん。

オイラじゃなくて、別の誰かと・・・・・・・・・

 

「・・・・・アンナ、オイラでいいんか?」

「・・・・・?青森に行くのなら、あんた以外に誰と行くって言うのよ。」

 

そうではなくて・・・・・・・・・そう言おうとしたが、やめた。

今はまだ、このワガママのままで。

「そっか。」と笑って頷いたオイラを、ここに置いておいて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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